飯盛城址を訪ねて(2017・5・14)

五月晴れの良い天気だったので、大東市観光ボランテイアガイドの案内で、ヤマツツジを求めて大阪府の飯盛山を登った。少人数グループだったので、詳しく歴史説明などを受け楽しいハイキングだった。
飯盛山山頂
生駒山地の北部に聳える標高314mの山だが、山頂展望台からは比叡山、比良山、京都市内、大山崎、高槻、淡路島、大阪平野全域が眺められる。山頂には四條畷合戦で戦死した楠木正行(小楠公)の像が建てられていた。
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飯盛城址
南北朝時代に飯盛山山頂に築かれた山城で、本格的には畠山の家臣・木澤長政が享禄4年(1531)居城とし、文禄3年(1560)三好長慶が議内平定の本拠地とし、将軍や天皇が居る京都を制し”天下人”となった。たが4年後に亡くなり、織田信長の勢力によって廃城となった。城跡から見渡す270°の景色は、天下人・三好長慶の世界であり、飯盛城は天下に浮かぶ国内屈指の巨大山城であったようだ。現在は数十ケ所に石垣が残るだけだが、織田信長の安土城以前の戦国時代の城郭にしては珍しい規模であった事が伺える。
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FM送信塔
山頂付近にNHKの送信塔があるが、この付近は城内最大の平坦地(曲輪)で千畳敷と呼ばれ、長慶の屋敷があった所と推定されている。南に虎口があり、道の両側に石垣が残って居た。
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権現の滝
権現川流域にある高さ15mの滝で、八大龍王が姿を現すと言う民話がある所。
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権現川の分堰
権現川は飯森山麓の人々にとって命の水だった。それを伝える分堰が残されていた。
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北條神社
誉田別命(応仁天皇)・菅原道真を祭神とする北条地区の産土神。横の登山道入口に、山で仕事をする人が山を支配する神を祀った山神石がった。
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龍尾寺
奈良時代の名僧・行基が開山。龍尾伝説が今も伝わる寺で、紅葉の名所。
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四條畷神社
南北朝の武将・楠木正成の嫡男・正行が祀られている。明治23年(1890)創建。
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