奈良の歴史街道(古墳群)散策(2017・5・24)

近鉄の”てくてくウオーク”コースで古墳巡りを楽しんだ。少し蒸し暑かったが、緑の木々に覆われ、よく整備された小径約10kmをウオーキンした。
ウワナベ古墳
周囲に壕を巡らせた全長255mの巨大な前方後円墳で松の木に覆われている。佐紀盾列古墳群を構成する古墳の一つで、被葬者は明らかでないが、宮内庁は候補者として第16代仁徳天皇・皇后八田皇女を挙げている。
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コナベ古墳
別葬品等を納めたとみられる方墳や円墳もあり、日本古墳時代中期(5世紀)を代表する全長204mの古墳。実際の被葬者は明らかでないが宮内庁は第16代仁徳天皇・皇后磐之媛命を候補に挙げている。
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航空自衛隊幹部候補生学校
ウワナベ、コナベ両古墳の間にある奈良基地で、昭和17年厚生省西部国民勤労訓練所として開所され、戦後米軍キャンプに接収。昭和31年返還後奈良基地になる。幹部自衛官になるためには必ず入校する全国唯一の学校。事前申し込みで内部見学もできるようだ。
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仁徳天皇・皇后磐之媛命平城坂上陵
自衛隊奈良基地の東隣にあるウワナベ、コナベ古墳と共に、佐紀古墳の東集団の一角をなす。5世紀に活躍した葛城襲津彦の娘。
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平城天皇楊梅陵(へいぜいてんのう・やまもものみささぎ)
平城宮跡のすぐ北に位置する一庭古墳で、佐紀盾列古墳の中の東群に分類される。桓武天皇の第一子。806年に即位したが病気の為、809年に弟の嵯峨天皇に位を譲り退位した天皇。
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佐紀神社
奈良市佐紀町、平城宮跡の近くの御前池の東にある。天武天皇2年(673)創祀。池を挟んで東側に鎮座する同名社を元社とするようだが、何故隣接して二つもあるのだろう。
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釣殿神社
御前池を挟んで佐紀神社が二座鎮座している。その東側の佐紀神社の池の傍に鎮座する。佐紀神社から分祀独立した神社のようだ。
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垂仁天皇・皇后日葉酢媛・挟木之寺間陵
奈良市山陵町にある成務天皇陵、称徳天皇陵とお隣さん。佐紀盾列古墳群の一つ。長い間不詳だったが孫にあたる13代成務天皇陵の隣に明治8年(1875)治定された
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成務天皇陵
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成務天皇・挟城盾列池後陵
父は景行天皇
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山稜町・八幡神社
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福松大神
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平城宮跡・大極殿
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仲哀天皇・皇后神功皇后陵
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上村松園・淳之邸
ウオーキング中に知り合った人が平城駅近くに有名な画家の豪邸があると言う。訪れてみると上村松園邸だった。日本鳥類保護連盟奈良研究所(淳之氏が所長)の看板が掲げられており、画材となるクジャクや鶏等の鳥類が飼育されていた。上村松園は明治8年(1875)生まれの日本画家で松園、淳之、松篁と三代続く日本画家だが、近鉄が収集した3氏の絵が松柏美術館に展示されている事は知っていたが、自宅がこんな所にあるとは知らなかった。
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秋篠寺
草創は光仁天皇の勅願とか、秋篠氏の氏寺とも言われる。東塔、西塔等を備えた伽藍規模から官寺並みの大寺院であったようだ。美しい伎芸天に憧れて参拝される人も多いとか?隣接して奈良競輪場があるのを忘れさせる程森閑の別世界だった。
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八所御霊神社
秋篠寺の鎮守で本殿は宝亀11年(780)創建の三間社流造で、装飾は少なく木割の太い簡素な建物だが、室町時代の様式が残る建物だった。
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西大寺
真言律宗総本山。天平宝字8年(764)藤原仲麻呂の反乱の発覚に際し、孝謙上皇が鎮圧を祈願して”四天王像”を建立することを誓願。その後聖武天皇が平城京の東部に東大寺を創建したのに対し、その娘・称徳女帝の勅願によって西に建立した。現在の寺域は約1万坪で本堂、愛染堂、四天堂等が江戸中期以降に再建されたもの。
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