鎌倉の紫陽花を求めて(2017・6・18~20)

鎌倉の紫陽花を撮る為2年ぶりに東京へ出掛けた。銀座の変貌も気になるので久しぶりに”銀ブラ”を楽しんだ。
皇居東御苑
インターネットで都内の紫陽花名所とあったので訪れたが、天守台近辺に僅かに点在している程度だが、外国人観光客が多いのに驚いた。やはりインペリアル・パレスに興味があるのだろうか?
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浜離宮恩賜庭園
海水を引き入れた潮入れの池と、二つの鴨場を伝える徳川家の鷹狩場で、綱豊が6代将軍になった時、将軍家別邸となり”浜御殿”と呼ばれるようになった。紫陽花は水上バス発着場付近にあったが、300年前6代将軍家宣が庭園を大改修した際植えた”三百年の松”が見事だった。
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東京の街並み
懐かしいビル並みも、何故か新鮮に見えた。
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銀座の街並み
GINZA SIⅩ
旧銀座松阪屋跡地に今年4月オープンした6つ星クラスを目指す商業施設で、世界の有名ブランドショップが建ち並び日本初上陸店も多いようだ。食事処も日本各地の有名店を呼び込んでいたがユニークなのが大坂新世界の”串カツだるま”が創作串カツ店をオープンしていた。観光バス乗降地やツーリスト・サービスコーナーも併設され、来店者は多かったが実際買い物をしている客はどうなのかな?
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東急プラザ銀座
数寄屋橋通りの旧阪急百貨店跡地に昨年4月オープンした商業施設で、外観の総ガラス張りは江戸切子をイメージしたそうだ。8,9Fはロッテ免税店フロアで、買ったものを空港で受け取れるシステムが受けているようだ。
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鎌倉
長谷寺
奈良時代の天平8年(736)開創の鎌倉有数の古刹で、本尊の十一面観音菩薩像は9・2mに及ぶ本邦最大級の木彫り仏で、東国を代表する観音霊場。観音山の裾から中腹にかけて広がる紫陽花園は遠く相模湾を見渡せる眺望は鎌倉随一と賞される。此処も外国人観光客が多かった。
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光則寺
文永11年(1224)創建の日蓮宗の寺院で、鎌倉有数の花寺として知られ200種類に及ぶ紫陽花が境内を彩るとあったが、遅かったのか殆ど見られなかった。
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御霊神社
創建は鎌倉幕府以前。極楽寺、成就寺と並ぶ紫陽花スポットと言われるが、実は鳥居前の江ノ電沿線に咲く紫陽花が見事なのだ。
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北鎌倉
明月院
創建は永歴元年(1160)。平治の乱で戦死した武将・山内首藤俊道の菩提供養の為創建。その後足利三代将軍義満の時”明月院”と改めた。紫陽花寺と言われるが物足りなさを感じた。
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東慶寺
弘安8年(1285)北条時宗夫人の覚山志道尼が開創。女性の側から離婚できなかった封建時代、駆け込み寺として明治に至るまで約600年間縁切寺法を守ってきた。紫陽花は確かにあったが点在している程度
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円覚寺
弘安5年(1282)創建。蒙古襲来で戦没した多くの霊を敵味方なく弔うため、宋から来朝した高僧・無学祖元(仏光国師)が開山。紫陽花は広い境内に点在している程度だった。
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