お伊勢参りハイキング(2018・2・2)

雨上がりのどんよりした朝だったが、寒波も通り過ぎたようなので近鉄主催の万歩ハイキングに挑戦した。大阪上本町を起点に伊勢参宮本街道を7回に分けてハイキングするのだが、今回は”ならまちから帯解コース”と称して奈良から天理までの10kmを歩いた。結局天理教本部や石上神社なども散策したので13kmほど歩いたことになる。疲れた!
興福寺
藤原鎌足を祖とする藤原氏の氏寺。高さ50mの五重塔は霧で霞んでいた。国宝館は耐震工事中で年内休館。中金堂は再建中だった。
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猿沢池
昔から”澄まず,濁らず、出ず入らず、藻生えず、魚七分に水三分”とその不思議を謳われた池で、天平21年(749)興福寺の放生池として造られた人工池。周囲360mの水面には五重塔、南円堂の宝珠が映える景色は有名。”
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元興寺
元興寺の前身は蘇我馬子が6世紀に飛鳥に建立した法興寺(飛鳥寺)で、ならまちの名刹。
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ならまち格子の家
江戸時代末期から明治時代にかけて、軒を連ねた伝統的な町屋を再建。昼間は外から中が見えにくく、家の中からは外が見える格子を始め、箱階段、中庭がある。
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御霊神社
聖武天皇の第一皇女である井上皇后・他戸親王ら八神を祀る。奈良時代は元興寺の寺域で、このあたりに南大門があった。門前に御霊社の社地があり、御霊を慰める御霊会が催され、15世紀には猿楽等行われた。今もならまちを中心に信仰を集めている。
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帯解寺
平安時代初期に時の天皇より賜った日本最古の安産、求子(子授け)の寺として広く信仰を集め、古くは江戸時代・徳川家、近年は美智子皇后陛下を始め皇族方も安産祈願をされているそうだ。
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龍象寺(帯解子安地蔵尊)
帯解寺の200m先にある”日本第一帯解子安地蔵尊”の石碑がある寂れた寺があった。地蔵尊を本尊としているが帯解寺とは無関係のようだ。行基開基の寺で、行基自刻の地蔵菩薩を本尊とし、安産子授けの寺として由緒あるようだが紛らわしい。
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楢大明神
天理市奈良町にある。神護景雲元年(767)称徳帝の奉聞を遂げ、神託により宮山に創建された。社殿は文久2年(1861)春日大社の第52次造営に際し、払い下げを受け氏子により移築したもの。
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在原寺跡と在原神社
在原神社が鎮座するこの地には明治9年(1876)まで”在原寺”と言う寺院があったようだ。在原寺の創立は承和2年(835)とも元慶4年(880)とも言われ、在原業平が病没後にその邸を寺とした。現在の社殿は大正9年に改築されたものだが、元は紀州徳川家が寄進した立派なものだったようで、江戸時代に神社と寺が共存したようだ。荒廃した境内だった。
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天理教本部
江戸時代末に成立した新宗教の一つ。中山みきを教祖とする宗教団体だが、日本で初めて特定の宗教の名前を市の名前にした。全国から集まった多くの信者が黒地に白く”天理教”と染め抜いた法被を羽織って歩く姿を多く見かけた。学生だろうか、若人に道を尋ねても礼儀正しく親切だった。大正時代に建てられた本殿は重厚で圧倒される。
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詰所
正式な名前は”信者修行所”と言うそうで、各地の信者が泊まる宿泊施設だが、信者の教義の習得とその実践修行を目的とした施設。2015年末現在153母屋(教祖80周年祭以降の呼称)あるそうだ。外観しか見られなかったがホテルのような立派な建物だった。
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天理参考館
教会本部神殿の東”おやさとやかた”の中にある。海外布教のために外国の文化に関わる資料を集めたのが始まり。中国、朝鮮、ギリシャ、ペルシャ等の考古美術品や世界各国の民族資料、信仰資料がある。
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天理大学
大正14年(1925)天理教の海外布教に従事すべきものを養成する為の天理外国語学校が前身で、昭和24年(1949)に大学となる。
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石上神社
古来朝廷の武器庫としての役目を負い、物部氏が護ってきた。大神神社と並んでわが国最古の神社。山野辺の道の起点となる大きな神社。鎌倉時代の建築で、現在最古の拝殿と言える入母屋造り桧皮葺の拝殿であった。祭神の神剣・布都御魂大神は神武天皇東征に際し、熊野の高倉下命から献上された剣で、荒ぶる神々を平定したと言われる、尾長鳥がいないのが寂しかった。
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