九州旅行(2018・3・1~3)

世界一と言われる長崎ハウステンボスのイルミネーションと、この時期にしか見られない”天領日田ひな祭り”見物の為2泊3日の九州旅行を楽しんだ。寒さも和らぎ好天に恵まれた旅だった。
長崎ハウステンボス
1982年長崎オランダ村としてスタートしたが客足が伸びず倒産し、2010年HISにより再建されたテーマパークで、ヨーロッパの街並みを再現した東京デズニーリゾートの1・5倍の敷地を活かしたアミューズメントパークは見事だった。ステージショウやアトラクションも多く、30年ぶりに訪れたが道路の両脇にはガーデンレストランや土産物店が建ち並び、娯楽性を強調したパークになって居た。佐世保市の町名にもなり、JR西日本、佐世保市のバックアップ効果も出ているようだった。
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JRハウステンボス駅;1992年ハウステンボス開場に伴い開設された大村線で最も新しい駅で、2010年にリニューアルされた.構内にはホテルオークラ・JRハウステンボスが堂々とした姿で建って居り、街全体がハウステンボスのようだ。特急ハウステンボス号は結構揺れたが車窓が楽しかった。
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チューリップ祭;2月10日~4月15日まで100万本・日本最多の700品種のチューリップがヨーロッパの街並みを埋め尽くしていた。
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光の王国;世界最大1300万球が輝く光のアートガーデン&光の滝、噴水の運河などのイルミネーションと3Dプロジェクションマッピングや7色の輝く街並み、光のチューリップガーデン等午後10時まで楽しめた。展望車で空から眺めると見事な光の世界が楽しめたのだが、TVで放映されるような角度から撮りたかったが、あれはドロン撮影したものとの事。
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ホテル日航ハウステンボス;今回利用したホテルだがハウステンボス出国棟西側に隣接した客室数388室の巨大ホテルで大浴場も設置されており、ハウステンボスからの出入国が自由なのもご機嫌だった。
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祐徳稲荷神社
貞享4年(1687)備前鹿島藩主・鍋島直朝公の夫人・花山院萬子媛が朝廷の勅願所であった稲荷大神の分霊を勧請された稲荷神社で、衣食住の守護神として国民の間に篤く信仰されている。日本三大稲荷に数えられ、商売繁盛、家運繁栄、大漁満足、交通安全等の御利益があると言う。本殿に参拝するには今迄100余段の階段を上らねばならなかったが、昨年本殿脇にエレベータが設置され@¥300で上れるようになった。
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湯布院温泉
由布岳(1584m)の恵みを受け豊富な湯量を誇る、かっては鄙びた温泉だった。30年程前訪れた時は静かな避暑地で会社の保養所などが点在する程度だったが、メーンストリートには土産物屋やB級グルメの店が林立し中国語や朝鮮語の看板も並び、春節の時は中国人も多かったようだが韓国の若人、特に女性観光客が多く、まるで渋谷の竹下通り並みだった.街の観光ポイントは大分川の源流の一つである金鱗湖程度だが、この池に温泉と湧水が湧き出し1~2月の寒い朝は湖面に朝霧がかかる風景が幻想的で人気のようだ。湖畔に共同浴場(¥200)の“下ん湯”があり、此処から朝霧が覆う由布岳を眺めるのが絶景だとか?
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JR由布院駅;平成2年(1990)大分県出身の建築家・磯崎新設計による礼拝堂をイメージしたデザインの木造黒塗りの外観が特徴。中央部は高さ12mの吹き抜けコンコースになっており、ホームも黒塗りで統一され足湯、トイレもお洒落で特急湯布院号が似合う駅舎だ。
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会員制ホテル湯布院倶楽部;今回利用したホテルだが客室数97室と小ぶりだが大浴場、露天風呂、温泉プールなども設置されており部屋も広く快適だった。何といっても限られた人しか利用できないのが良かった。
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天領日田・豆田町
江戸時代幕府直轄の天領地として日田代官所が置かれていた。九州各藩に貸し付けた利子によって莫大な利益を得て経済的に豊かになり、市街には古い街並みや土塀が残って居り”九州の小京都”と言われる。江戸時代には御用達商人が沢山居り、商家が集中していたのが豆田町。薫長酒造の”利き酒”も楽しめた。約30年ほど前訪れた時は、各商家が自発的にひな壇を無料で展示しており、通りも静かだったが、此処も商売優先の街並みになってしまったのが寂しい。
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天領日田ひな祭り;九州の”ひな祭りの発祥地”と言われる大分県日田市。昭和59年(1984)草野本家がお雛さまを公開してから”天領ひな祭り”となり、35回目を数える。江戸幕府の直轄地(天領)として栄えた日田には莫大な財を成した豪商たちが京都や大阪で買い求めた絢爛豪華な雛人形が多く現存しており、2月15日~3月31日までの間、市内約20か所の旧家、資料館などで公開されていた。古いものは300年前のお雛様も展示され見ごたえのあるものだった。
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柳川川下り
約410年前柳河城築城の際、城下町を形成する為人工的に堀を整備した。川下りとは“御堀めぐり”で7曲りして下って行く。久し振りに”御花”の周りの堀巡りに乗船したが、橋の下を潜る時には一斉に伏せないと橋桁に激突してしまうスリルが楽しかった。
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”御花”柳川藩主・立花邸;柳川藩五代藩主・立花貞俶は政務の疲れを癒し、家族と和やかな時を過ごす為の場所としてこの地に屋敷を設けた。この辺りは”お花畑”と言われていたことから柳川の人々は”御花”と呼ぶようになった。
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”さげもん”;柳川に伝わる吊るし飾り。女の子の初節句に健やかな成長を願い、ひな壇の両脇に飾られる。もとは柳川藩の奥女中がたしなみの一つとして着物の残り布で作ったのが始まり。鶴は長生き,鼠は子だくさん等の意味がある。毬を合わせて51個と言う数は、人生50年と言われた時代に1年でも長生きして欲しいと言う願いから51個の”さげもん”を飾る。この”さげもん”安価なものでも数千円、高価なものは20~30万円で土産物屋に売っていたが注文生産だった。
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