比叡山延暦寺・諸堂めぐり(2018・7・19)

ハイキング仲間と比叡山延暦寺の諸堂巡りを楽しんだ。京都市内は40℃と、今夏最高の酷暑日だった。比叡山坂本からバス・ケーブルを乗り継いで山上へ行き、シャトルバスで三所巡拝すると言う鈍ら手段だったが、それでも1万歩位は歩いたようだ。山上は流石に暑さは和らいだ感じで5℃位は低いだろうか?この暑さでは鈍らハイキングが丁度良い。後のビールがうまかった。

坂本ケーブルとクラシックな延暦寺駅(登録有形文化財)
昭和2年(1927)創業の坂本ーブルは幾多の変遷を経てきたが、現在の姿は全長2025mの日本一長いケーブル。11分間の車窓をパノラマワイドな窓から眺める琵琶湖が素晴らしかった。駅舎は大正12年(1925)に建てられたもので、洋風鉄筋2階建て構造で当時は貴賓室もあった大正ロマン溢れる駅舎だ。
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横川中堂
横川の中心的な建物で848年慈覚大師円仁により開創。本尊の聖観音菩薩立像は度重なる火災にもかかわらず難を免れた平安期・藤原時代の典型的な木像(重文)
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四季講堂(元三大師堂)
春夏秋冬と四季に経典の講義が行われていた事が名前の由来。此処を住房とした慈恵大師良源は山上の堂塔伽藍の整備や学問の興隆を図り、又おみくじの創始者として知られる”中興の祖”と呼ばれ、全国の元三大師信仰の中心拠点。
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西塔・にない堂
法華堂、常行堂と言う同じ形の二堂が渡り廊下で繋がっており、俗に弁慶のにない堂と呼ばれる。法華と念仏が一体である延暦寺の教えを建物で表しているそうだ。
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釈迦堂(重文)
西塔の中心で正式には転法輪堂と言う。現在の建物は信長の比叡山焼き討ち後、秀吉が園城寺の弥勒堂を移して手を加えたもので、山上では最も古い。本尊は伝教大師自作の釈迦牟忍如来立像で、堂の名前もこれに由来。
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東塔・大講堂(重文)
5年に一度の法華大会(広学豎義)をはじめ経典講義などが行われる学問修行の道場。現在の建物は昭和31年の焼失後、坂本にあった講仏堂を移築したもの。堂内には比叡山で修業した各宗派祖師の木像が奉安されている。
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法華総持寺・阿弥陀堂
伝教大師の計画で、慈覚大師によって創建された天台密教の根本道場。焼き討ち後昭和62年に復元再建された。東塔,潅頂堂,寂光堂を総称して法華総持院と言う。阿弥陀堂は先祖、故人を供養するお堂で毎日回向法要が行われている。
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戒壇院(重文)
天台宗の僧侶が戒律を授かる重要なお堂。伝教大師の入寂後に建立の勅許がおり、第一世天台座主義真の時、828年に創建。本尊には釈迦牟尼如来が祀られている。
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