松江の旅(2018・9・18~20)

”国宝5城”とは、現存する12天守の内、国宝指定されているのは松本城、犬山城、彦根城、姫路城と松江城の事で、松江城は2015年7月に国宝指定されたようだ。既に4城は訪れたが、未だ松江城だけ訪れていないので松江旅行を思い立った。そして帰路、足立美術館を訪ねたが2日間は晴天に恵まれ楽しい旅だった。
松江城
全国に現存する12天守の一つで、天守の平面規模では2番目、高さでは3番目、古さでは5番目の城だそうだ。明治の初め全国の城は殆ど取り壊されたが、地元の豪農・服部本右衛門、旧松江藩士・高城権八など有志の奔走で山陰で唯一保存された城で、昭和10年国宝指定され、昭和25年重要文化財と改称されたが平成27年国宝に再指定された。最後の藩主は茶人でもある松平7代藩主松平治郷(不昧)。
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松江神社
松江藩・松平家初代藩主の松平直政を始め松江の発展に貢献した人物を祀っている。
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興雲閣
明治36年(1903)松江市工芸品陳列所として建てられた建物。当初明治天皇の行在所に使用する目的だったので装飾、彫刻を多く用いた華麗な仕上げになっており、明治40年(1907)皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)の山陰道行啓に当たって旅館となり、迎賓館の役割を果たした。その後松江市の公的歓迎所として又各種展覧会場、会合に使用され昭和48年(1973)松江郷土館として活用されてきた。城内に入ると直ぐ左手に堂々たる佇まいだ。
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城山稲荷神社
徳川家康の孫にあたる松平直政公が藩主として入国した翌年、藩内の安穏と繁栄を祈念して、かねて祀られていた稲荷大神を城内に祀り松平藩の守護神とした。拝殿を囲むようにたくさんの狐の石像が並び小泉八雲のお気に入りの狐もあると言う。
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松江護国神社
松江城北西側に鎮座する神社で、昭和13年(1938)松江招魂社として創建されたが翌年護国神社となった。戊辰戦争から第二次大戦に至る戦争で祖国のために命を捧げた旧出雲の国・隠妓国出身の2万3千柱を祀っている神社。
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一畑ホテル
今回利用したホテル。昭和42年設立のホテルで、昭和46年の植樹祭には昭和天皇も泊まったそうだ。宍道湖を一望できる宍道湖温泉の一角にある一畑電鉄直営のホテルで、日本海の新鮮な魚介類の料理が美味かった。
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須江都久神社
ホテルから街へ出る時に見かけた神社だが、宍道湖大橋北側近くにある末次公園の隣に鎮座。出雲風土記にも出てくる歴史ある神社で末次地区の氏神。
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堀巡り
松江城公園を取り囲む濠を小舟で進む、江戸時代から変わらぬ情緒の橋を潜る小舟が絵になる。
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武家屋敷
塩見縄手通りと呼ばれ、松江開府の祖・堀尾吉晴が松江城築城の際に出来た城下町で武士の家中屋敷が並んでいた所。この屋敷に塩見小兵衛が住んでおり、異例の栄進をした為、それを讃えて塩見縄手と呼ばれるようになった。1987年”日本の道100選”に選ばれている。
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小泉八雲記念館&旧居
小泉八雲(パトリック・ラフカデイオ・ハーン)は1850年ギリシャ西部で生まれる。2歳の時アイルランドに移り、その後イギリスとフランスでカトリックの教育を受けたが疑念を抱く。16歳の時遊戯中に左目を失明。19歳で単身アメリカに移住、赤貧の生活を体験後シンシナテイでジャーナリストとして文筆が認められ、ニューオリンズ時代に万博で出会った日本文化にひかれ1890年訪日。島根尋常中学の英語教師から帝国大学文化講師となるが、この間松江の士族の娘小泉セツと結婚し翻訳、紀行文,再和文学ジャンルを中心に約30の著作を遺した。”怪談””雪女””耳なし芳一”等でなじみの深い著者として知られる.氏の生涯、事績、思考が分かりやすく解説されていた。
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明々庵
松平不昧公の好みによって安永8年(1779)に建設された茶室.厚い茅葺の入母屋造りで、間取りは二畳台目と4畳半の席が組み合わされている。茶所の文化は京都、金沢に次いで松江が三大茶所とされ、茶の湯に欠かせない和菓子文化も代々引き継がれている由。
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松江歴史館
お城の隣にあり、松江城天守を借景に立派な庭園を眺めながら松江の歴史などを紹介する施設。
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カラコロ館(旧日本銀行松江支店)
建築家・長野宇平治設計により昭和13年”日本銀行松江支店”として建てられたものだが2000年に”匠の館”としてリニューアルオープンした。キルトなどに興味はなかったが建物の外観、カウンター、照明、地下金庫室等銀行建築として楽しかった。名前の由来は松江大橋を渡る下駄の”カラコロ”と響く音に小泉八雲が深く心を惹かれた事から、この一帯をカラコロと呼ぶようになった。
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宍道湖の夕陽
夕日が融けて湖面を茜色に染める”日本の夕陽100選”にも選ばれている景色を期待して6時過ぎまで待ったが曇天の雲は去ってくれなかった。島根県立美術館の芝生公園~白潟公園(嫁が島を西に臨む)間のビュースポットを求めて散策したが雲は動かなかった。
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一畑電鉄(RAILWAYS)
一畑電鉄とは明治44年に設立された松江~出雲まで1時間に1本の単線ローカル列車。この線が有名になったのは2010年、中井貴一主演の映画”REILWAYS”がヒットしてから。一流企業に勤め、49歳で役員寸前まで上り詰めたエリート・サラリーマンが郷里の母親の死で島根に帰った時、家庭も顧みずに仕事一辺倒だった自分を振り返り自分らしい生き方を求めることにした。子供の頃からの夢であった一畑電鉄の運転手として妻の高島礼子と子供3人で人間らしい生活を取り戻すドラマ。当時の世相からサラリーマンから大いに受けたようだ。
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松江イングリッシュ・ガーデン・
一畑電車に一度は乗ってみたいと言う事になり始発松江駅から一駅乗ったのがこの駅だ。宍道湖の湖畔に敷地1万㎡の本格的な英国式庭園だ。元々ルイス・C・テイフアニーと松江市が共同で2000年に庭園美術館を開設したのが始まりだが、2007年にガラス工芸部門が分離独立し庭園だけが残ったもの。英国の庭園様式を採用し季節毎に500種類の草花や木々が植えられており入場料無料は素晴らしい。
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足立美術館
JR安来駅からシャトルバスで20分、田園の一角に佇む美術館だが15年連続日本一庭園に選ばれている日本庭園は素晴らしかった。昭和45年開館だが、名園と名画の絶妙な調和が面白い。5万坪の日本庭園、枯山水庭、白砂青松庭、苔庭,池庭等を窓から一幅の絵画として眺めるのが良い。丁度横山大観と同時代の日本画家・川合玉堂、竹内柄鳳、上村松園、橋本関雪などとの比較展を催しており、画風の異なる作品を比べながら鑑賞できた。
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安来節のふるさと
民謡”安来節”のふるさとだけあって、愛らしいキャラクター人形が楽しかった。
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この記事へのコメント

  • お元気でご活動、何よりです。
    家内の親戚が松江に居り、家内も中学~高校時代を過ごしたので
    懐かしく拝見しました。
    足立美術館には是非行ってみたいと思っております。

    度は新たな発見が合って楽しいです。出来るだけうろつきます。
    2018年09月25日 22:45