京都・山科疎水界隈を散策(2018・10・18)

以前京都市観光協会が行った”明治150年・京都の奇跡プロジェクト”と題して明治期に造られた山科疎水の土木遺産とその界隈約10kmをハイキング仲間と散策した。よく歩くコースだが明治期の土木工事に焦点を当てて歩いてみると、新たな視点で山科を再認識したウオーキングだった。
西本願寺山科別院
浄土真宗の寺院として今から300年近く前に創建された。境内の中宗堂に安置されている蓮如上人本像は蓮如自身の作と伝えられ、明治期に本山より移され安置されている。
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蓮如上人御廟所
蓮如上人は山科にて明応8年(1499)85歳で往生され、翌日荼毘に付され御廟所中央の塚に葬られ、その後蓮如上人御廟所が建立された。門と築地に囲まれた木立の中にひっそりとした佇まいを見せていた。多分初めての訪問だろう。
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蓮如上人銅像跡
東西両別院の中間に蓮如上人銅像があったが、戦時中・昭和19年(1944)金属回収の為無くなり、現在は台座のみが残って居た。この立像は昭和9年(1934)完成され、石の台座を含め10mの高さの像が建てられていたと言う。今は住宅に囲まれこの一角だけが残されており、近所の住人によると何回か売却話が出たが、この巨大な台座や石碑などの撤去費用が大変なので買い手がつかないとか?
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東本願寺山科別院
蓮如上人によって築かれた山科本願寺縁の寺院。本堂は1736年現在の東本願寺内にあった長福寺を移転したもの。
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山科疎水
琵琶湖から京都まで続く琵琶湖疏水。水路沿いの遊歩道には約800本の桜が植えられ、春には桜並木のトンネルとなり観光客に親しまれている。最初の景色は昭和45年国鉄湖西線建設の為、琵琶湖疎水の水路が変更され、それに伴い造られた四宮船溜りへ続く諸羽トンネル。
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水路の立体交差
山科疏水と安祥寺川立体交差する珍しい景色。煉瓦アーチ橋の上を疏水、下を安祥寺川が流れる。
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大本山京都山科・本圀寺
日蓮法華宗の4大本山の一つ事始めの寺。日蓮聖人が鎌倉の松葉ケ谷に創建し、自ら22ケ年徍持された法華堂・安国院の祖跡、末寺700を容した霊蹟大本山。嘉歴3年(1328)後醍醐天皇の論旨を受け貞和元年(1345)京都六条に創建したものを昭和44年(1969)山科へ移転したもの。
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山の谷橋
明治37年建設の日本最初の本格的なコンクリート橋。
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疏水第二トンネル東口扁額
井上肇筆"仁以山悦智為水歓歓”(仁者は知識を尊び、智者は水の流れを見て心の糧とする)の扁額を先日の台風で倒れた大木が覆ってしまい見えなかった。
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疎水第二トンネル西口扁額
西郷従道筆”隋山到水源”(山に沿っていくと水源に辿り着く)
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日ノ岡11号橋
明治36年建設の日本最初の鉄筋コンクリート橋。建設時は国産セメントの試験用と言うべきものであり殆ど忘れ去られた存在であったが、昭和5年の疎水決壊修復工事の中で田邉朔郎が本橋の由来を話し、昭和7年”本邦最初鉄筋混擬土橋”の碑を建立した
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疏水第三トンネル東口扁額
松方正義筆”過雨看松色”(時雨が過ぎると一段と鮮やかな松の緑を見ることが出来る)
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疏水煉瓦工場跡
琵琶湖疎水工事に伴い大量の煉瓦が必要となり、田邉朔郎の指示のもと煉瓦製造所が開設された。丁度地下鉄御陵駅への降り口にある。
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