関西本線・旧線(桜宮線)と幻の大仏鉄道巡り(2018・11・4)

桜井ウオーキングクラブが主催する木津~加茂10kmウオーキングに参加した。旧桜宮線道路は現在のJR奈良線と木津北地点でアンダークロスしており、その架道線が旧桜宮線の最大の遺構らしい。少々マニアックな廃線ウオークでつまらなかったが、後半の旧大仏鉄道の遺構巡りは楽しかった。
和泉式部の墓
JR学研都市線の線路近くの木津殿地区の名もない古い寺に和泉式部の墓があった。和泉式部は越前守大江雅到の娘で、清少納言、紫式部と共に平安中期を代表する女流歌人。伝承によれば式部は木津の生まれで、宮仕えの後再び木津に戻り余生を過ごしたと言われる。墓は高さ1・3mの五輪塔で中世に建立されたものらしい。和泉式部の墓と称するものは全国各地にあり、中でも京都市中京区・誠心院のものが著名だがいずれも決め手に欠いているようだ。
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JR奈良線安福寺前架道橋
関西本線旧線とアンダークロスしている。
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安福寺
本尊の”阿弥陀如来像”は東大寺、興福寺を焼き討ちにした平重衡が文治元年(1185)木津川河原で最後に拝んだ引導仏と伝わる。山門前の桜の木が見事だった。
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御霊神社
本殿は三間社流造、南北時代の建立と考えられ重要文化財。桧皮葺の社殿は全面向拝の柱間に梁を渡し、古い形式の蟇股を配し、左右に脇障子が付いている。元は同じ高台にあった灯明寺の鎮守社。

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関西本線旧線橋台
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大仏鉄道とは
明治21年(1888)に関西鉄道(株)を滋賀県と三重県の後押しで設立。先ず草津から柘植、四日市と路線を開設。明治28年に名古屋まで開設後、今度は柘植から大阪への進出を内に秘め現在の関西本線の加茂駅と奈良駅を結ぶ全長9・9kmの一支線として開通した路線だが、僅か9年間で廃線となった大仏線の通称。これは相楽周辺の鉄道開発中止の申し子的存在と言われる。この大仏線の跡は、特に加茂町から木津町間は緩い勾配やカーブが多かった為、線路跡の遺構として築堤やその下を潜る農道用隊道や橋台が100年前の姿で残って居る。鉄道フアンに人気の観光ハイキングコースになって居る。
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梶ケ谷隊道
大仏線の築堤を作る際、農道と水路確保の為作ったトンネル。装飾がなくシンプルなデザインの隊道で坑内正面はイギリス積み、アーチを形成する部分は手積みの煉瓦造り、下部は花崗岩の切り石。鹿背山地区にある遺構の中で最も美しい原風景を残している。
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赤橋
下梅谷の市道に架かる大仏線の築堤で、御影石と煉瓦を組み合わせて造られ長短の赤レンガを交互に積むイギリス式。大仏鉄道遺構の中で最も代表的な物。
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鹿背山橋台
鉄道廃線跡を歩くⅡ(宮脇俊三著・JTB刊)の表紙に採用された橋台。石積の力強さ、形の素晴らしさで人気があるようだ。
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観音寺橋台
切り石積み橋台。JR大和路線とはこの辺りで加茂方面へは併走、奈良方面へは離れていく。前方はJR大和路線。手前は私鉄関西鉄道大仏線の橋台。
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”C5756”機関車
加茂駅横に展示されている昭和12年(1937)生まれの蒸気機関車。”貴婦人”と呼ばれ関西本線の特急、急行列車を牽引していた。
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ランプ小屋
加茂駅手前に残されている。客車や機関車などの照明用に石油ランプが使われていたので、夜間はこの小屋に収納し、給油,保管する煉瓦製の小屋。
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