少し早い紅葉を求めて嵐山方面を散策(2018・11・15)

ハイキング仲間と松尾大社~嵐山方面の紅葉を求めて8kmのウオーキングを楽しんだが少し早かったようだ。しかし嵐山は渋谷の竹下通りを思わせる人混みで、相変わらず中国系外国人の多いのに驚いた。先般の台風の影響も随分大きかったようだ。
松尾大社
桂川流域を開拓した秦氏が創建した神社で、大山咋神を祀る洛西一帯の氏神。酒の神として広く信仰され、春はヤマブキが境内を彩るがこの季節は何もない。七五三詣りの家族で賑わっていた。
DSCN2023 (2).JPGDSC_5230 (2).JPGDSC_5228.JPG
嵐山公園
渡月橋北詰を大堰川上流へ、川べりから眺める渡月橋や保津川下りの船が行き交う景色が素晴らしい。
DSC_5251.JPGDSC_5254.JPGDSC_5268.JPGDSC_5271.JPG
法輪寺
渡月橋の南にある真言宗の古寺。昔から嵯峨の虚空蔵さんの名で親しまれ、13歳になった男女が知恵を授かる十三詣りで知られる。
DSC_5233.JPGDSC_5243.JPGDSC_5242.JPGDSC_5240.JPGDSC_5245.JPG
戸無瀬の滝
渡月橋の上流にあり、嵐山から大堰川に流れ落ちる滝で、天龍寺蔵王権現堂の背後に位置する。平安時代多くの和歌に詠まれ、鎌倉時代中期には藤原定家の息子の為家が”雲かかる山の高嶺の夕立に戸無瀬の滝の音まさるなり。”とこの滝の様子を歌に詠んでいる。
DSC_5252.JPG
大悲閣・千光寺
大堰川南岸の径から嵐山中腹へ急な坂を上ると山門や本堂、鐘楼などが点在する。本堂には角倉了以像を安置している。本尊の千手観音菩薩像(源信作)は大堰川開削工事で命を失った人々の霊を慰めるため、元は嵯峨中院にあって廃虚していた千光寺を慶長19年(1614)角倉了以が現在の場所に移し、そこに隠居した.大悲閣の名は菩薩の大きな慈悲から来ている。境内から見下ろす京都市内が絶景だが、紅葉には早かった。
DSC_5267.JPGDSC_5266.JPGDSC_5257.JPGDSC_5258.JPGDSC_5259.JPGDSC_5264.JPG
天龍寺
臨済宗天龍寺派の大本山で世界遺産の名刹。足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うために創建。室町期の姿をそのまま残す”曹源池庭園”は開山・夢窓疎石の作庭。亀山を借景にした数百本のカエデが艶を競う景色を期待したが2~3週間ほど早かった。
DSC_5282.JPGDSC_5277.JPGDSC_5278.JPG
野宮神社
源氏物語に登場する竹林の中の神社。伊勢神宮に入る齋宮に選ばれた女性が身を清めるための野宮があった所。現在は縁結び、子宝、学問の神様として知られ、境内には楓の気が点在していたが青々としていた。神社に至る竹の道は先般の台風の影響で相当荒れており、完全に復旧していなかった。若い中国人観光客が多いのが不思議。
DSC_5287.JPGDSC_5284.JPGDSC_5285.JPGDSC_5286 (2).JPGDSC_5288.JPG

この記事へのコメント